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能登半島地震 被災者支援活動に参加しました。

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   日本共産党川崎市議団は、5月21~22日能登半島地震の被災者支援活動に参加しました。参加は宗田団長、井口副団長、石川、小堀、市古、齋藤議員と事務局員2名です。(渡辺副団長、後藤議員は公務のため不参加)

 _240523_651日目は、東京から北陸新幹線で新高岡へ。レンタカー2台を借り、石川県羽咋(はくい)市にある、能登半島地震被災者共同支援センターに昼頃到着。車の販売所だったところがセンターの事務所になっており、駐車場や支援物資の置き場が広く確保されているところでした。まず、支援センターの黒梅事務局長に市議団からの募金をお渡ししました。黒梅事務局長から、「今日は輪島市を中心に視察をし、明日は仮設住宅に支援物資を届けながら聞き取り作業をしてほしい」と指示をいただいたので、昼食をとって輪島市へ。

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   車で2時間かかりましたが朝市の火災現場やテレビで報道された倒れたビル、道が 隆起して盛り上がったマンホール、崩れた家屋などそのままになっている被災地の状況を視察しました。現地に来てみないとわからないことがたくさんあり、火災後手つかずになっている朝市の火災現場では言葉を失いました。   

    2日目は、9時に支援センターに集合し、旧御祓(みそぎ)中学校グラウンド七尾市仮設住宅に支援物資を届けながら要望をお聞きする行動を行いました。支援センターで物資を車3台に積み込み、95戸の仮設住宅へ。3組に分かれ、訪問しました。23世帯の方とお話しでき、物資(米、水、ティッシュ、トイレットペーパーなど)をお渡しするとどこでも大変喜ばれました。

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   お話を聞くと「自宅が半壊と言われたが、もう住めないので困っている。5万円の慰労金だけではとても足りない」「避難所で母親の認知症が進み、看護師のいる避難所に移動したいと希望したが時間がかかり、移動するバスの中で亡くなった」「賃貸住宅に住んでいた人は仮設住宅に入っても1年たったら出なければならず、近くに集合住宅がないので困っている」「BSが映るように役所の人に頼んだが、まだやってもらえない」などなど要望を含めて切実なお話が聞けました。

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ひと通り訪問した後、残りの物資を お渡ししていると、訪問した家の方たちが出て来られ、住民同士の交流もされていました。     

支援センターに戻り、聞き取った住民の方の要望を伝え、帰路に着きました。ボランティアとしては短い時間しか行動できず不十分でしたが、学ぶことの多い2日間でした。この経験を活かし、今後の議会に取り組みます。また川崎でも能登の被災地のことを皆さんに伝え、ボランティアや募金活動につなげていきたいと思います。


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