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自治体産業政策としては破たんの未来― 「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区構想」

『新かながわ』2012年4月29日・5月6日合併号、5月13日号に掲載された日本共産党川崎市議団事務局長の論文を紹介します。

自治体産業政策としては破たんの未来が待っている「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区構想」

日本共産党川崎市議団事務局長 白井久江

panfuhyousi21世紀の成長分野と“期待”される生命科学分野の国際競争拠点を目指す「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」(県・横浜市・川崎市)が昨年末国の指定を受け、3月26日には学識者や企業関係者らで構成する「国際戦略拠点形成推進会議」も開催され、実現に向けた取り組みが始まりました。医療・健康分野の産業化を進め、成長産業の集積を図ることで日本経済の成長にもつなげるというもので、阿部市長は年頭会見で「将来の産業基盤をつくるスタート台に立った」と宣言。局長級の担当者を配置した「臨海部国際戦略室」も設置し、特区を経済成長の起爆剤に、と意気込んでいます。しかし、市民生活にどのような影響を及ぼすかについては検証が必要です。
(上写真は県・横浜市・川崎市のパンフの表紙)

すでに市費300億円投入―経済成長の起爆剤にと市長は意気込むが

阿部市長が臨海部に「環境技術やエネルギー、ライフサイエンスなどの先端産業開発拠点の集積をはかる」として臨海部への企業誘致に本格的に乗り出したのは2008年。川崎縦貫道路の代替地として市土地開発公社が先行取得していた水江町の土地(5.6㌶)を市が237億円で購入。ここで新規事業化する企業に貸与したうえ、市と県の助成(インベスト神奈川)と助成の併用も認める助成制度「イノベート川崎」(設備投資費の10%、1件最大10億円まで)まで創設しました。財産条例をわざわざ適用して「固定費」である賃借料も減額する優遇ぶりです。

2010年には、国際戦略総合特区に指定された臨海部・殿町3丁目地区のいすゞ自動車工場だった土地の一部(1.3㌶)を都市再生機構から23億円で購入。特区構想を先導する中核機関「実験動物中央研究所・再生医療・新薬開発センター」として活動を開始しているほか、川崎市の環境総合研究所・健康安全研究所が入居する産学公民連携研究所も運用を開始しています。また、同地区に隣接する鈴木町の味の素㈱を拠点に進められる医療技術等事業には税制上の支援措置が取られます。

新たに特区の中核機関として国立医薬品食品衛生研究所も誘致。移転用地のうち川崎市取得分1.7㌶を3年かけて30億6千万円で購入し、国に対して無償で貸与することも決めました。

さらに、特区構想の具体化では、最先端の研究開発、実用化の取り組みで国際レベルの競争優位性を確保するために海外からの研究者、企業等を積極的に誘致し、共同で先端的な研究開発、交流、情報発信が可能となる環境整備を進め、医療、薬事、入国管理等の規制緩和、税制優遇、金融支援などを国に求めています。

川崎市はこうした土地取得だけですでに約300億円も投資していることになりますが、企業誘致するたびに川崎市が土地を購入してやるというスキームを際限なく続けることになるうえ、企業誘致が本格化すればインフラ整備だけでどれだけかかるかわからない状況です。国際戦略総合特区の取り組みにより得られる経済効果について、川崎市が昨年暮れに発表した試算では、5年後の経済波及効果を約3000億円、20年後の雇用創出23万人、市場創出額14兆円としていますが、裏付けとなる根拠、資料はほとんどないのです。

全国どこの自治体でも成功していない

全国各地で「環境・ライフサイエンス分野の産業が我が国の国際競争力を高める未来産業であり、中長期的に中小企業を支えていく」という触れ込みで自治体が補助金を出しこうした事業が進められています。その淵源は国の政策誘導にあり、2006年「新経済成長戦略」、2010年の「産業構造ビジョン」の中で戦略5分野の一つに位置付けられて以降加速している傾向があります。横浜市でも理化学研究所を中心に「横浜バイオ医薬品研究開発センター」事業が09年度産業技術研究開発施設整備費補助金事業に採択され、慶応大学だけで藤沢市、長崎県、港区、京都市教育委員会、大分県中津市、山梨県及び富士吉田市、山形県及び鶴岡市と自治体連携で研究が取り組まれています。

山形県鶴岡市では45億円の初期投資に8年間で56億円の補助

山形県と鶴岡市は、慶應大学先端生命科学研究所に45億円の初期投資をおこない、その後毎年7億円ずつ、2012年度まで8年間で56億円補助金を出してきました。鶴岡市では、慶應先端研は「生命科学で世界をリード」しているとして「鶴岡バイオクラスター形成プロジェクト」を重要な戦略として、世界中から研究機関や研究者・技術者を集めるといって取り組まれています。しかし、そこでの研究成果は全て市外国外で具体的に生かされる一方で、地域で産業化が図られたケースはなく、製薬会社が少ない負担で研究施設を利用し、その成果で大きな儲けを上げる構図になっていると指摘され、「バイオ栄えて民滅ぶ」と自治体として取り組む意義に疑問も出ているとのことです。

神戸市では総事業費1500億円、市費300億円に今も毎年40億円の補填

神戸市では、震災直後の98年から総事業費1500億円かけて同様の医療産業都市構想が取り組まれてきました。土地はポートピア計画によって神戸市が埋め立てしたものですが、設備投資に市費約300億円を投入。進出事業所が500社なければ採算ラインには乗らないといわれている中、ようやく215社を超えたものの、その中には1~2名の研究グループも含まれ、また賃料補助期間3年経つと退去してしまうので定着しないということです。すなわち産業として根付いていないということです。雇用は4600人を超えたとされますが、市内から移転してきた市立病院などの職員1000人を入れてのことです。結局、2010年度には822億円の経済効果があり、約26億円の税収が増えるとの予測が、実際は毎年赤字補てんに約26億円、財団に対する補助金約13億円を入れると市が約40億円の持ち出しになっているのです。医療分野の産業拠点の形成ということについても、医療機器は開発に費用と時間がかかること、また最先端の機器を導入できる医療機関は少ないうえ、医療機器は医師の使いやすさに合わせるオーダーメイドであるため大量の需要は見込めない。したがって、地域産業の活性化に結びつけることは難しく、市内中小企業の活性化にはつながっていないのです。川崎より10年以上先行し、莫大な市費を投じてきた神戸市の実態がこれです。

医療の研究と産業化はなじまない

研究活動を自治体が支援することを一般論として否定するものではありません。しかし、基礎研究分野というのは、成果が上がるまで長い年月をかけ、莫大な費用をかけても形にならないことも多々あります。そういう分野については、当然国が取り組むべき分野であって1自治体が取り組むには極めて冷静な判断が求められます。まして、その研究施設を中核拠点にして産業集積を図るまさに産業政策として支援するということには更なる慎重さが求められます。他都市の事例からも、将来の市内中小企業を支えることができる産業どころか、産業として根付くことすらままならないというのが教訓です。投資をしたけれども得をするのは製薬会社など大企業で、自治体には税源培養にも雇用拡大にもつながらない、結局、自治体産業政策としては破たんの未来が待っているというのが実情ではないでしょうか。

特区構想では、規制緩和の内容として、臨床研究を迅速に実施するための手続き簡略化、医薬品・医療機器の承認手続きの迅速化、外国人研究者や家族の入国手続き緩和などを挙げており、この研究開発に川崎市立病院も連携させる計画になっています。神戸市では市民病院をわざわざ移転させ、その際に一般市民向けの病床数を約300床減らして、「先端医療」に関わる病床を確保していることから、市民の命を守る病院としての役割を果たせなくなる危険性も指摘されているのです。

日本医師会も大反対の医療ツーリズムに神奈川県も乗り出す

神戸市医療産業都市構想では、“国際医療交流”という名での医療ツーリズム、生体肝移植ツーリズムも取り組まれています。京浜臨海部特区構想でも当初、医療ツーリズムに取り組むとされ、外国人患者やその家族が安心して生活できる基盤として住宅などの整備費用に対する財政措置も盛り込まれていましたが、申請の段階では「医学・医療関連の国際交流」となっています。このことが、神戸市の医療ツーリズムの内容と同様のものかどうかは、今のところ不明です。ところが、神奈川県は医療ツーリズムの推進に乗り出すことを決めました。特区構想に組み込まれている「県立がんセンター」で2015年稼働予定の最先端のがん治療装置を設置し、羽田空港から近い優位性を踏まえ、治療後に県内観光地を巡る「医療ツーリズム」を推進するというものです。

そもそも「新成長戦略」で観光医療の促進を盛り込まれたこの医療ツーリズムには、全国保険医団体連合会は、「公的保険外で高額な治療費を支払う外国人患者を受け入れることが拡大、定着すれば受け入れ医療機関において利潤追求のための患者の選択や医師の過度な確保、集中が危惧され」、「医療崩壊に拍車がかかる」「政府や財界の医療の『成長牽引産業化』政策のもと、国民が犠牲になったり、医療が儲けの対象になったりしてはならない」と反対しているところです。

神戸医師会も、市民の命を預かる医療は規制緩和にはなじまないものであり、産業化とリンクさせるべきではないとしたうえで、「『規制緩和』が医療をバラ色にするといった甘言で国民を欺いてまで、なぜ『特区』と称する医療の無法地帯を造り上げようとするのか。特殊な医療技術に先走った医療の国際市場への売り込みに目を眩わされることなく、まず国内の医療環境を充実させることが先決ではないか」と反対決議を上げています。

自治体本来の役割に立ち返り、市内中小企業中心の産業政策に転換を

臨海部に誘致した企業に対しては、わざわざ川崎市が土地を購入してやったうえに財産条例も適用して「固定費」である賃借料も減額してやるのに、中小企業支援の緊急対策として切実な要望である工場の家賃などの「固定費」補助については、再三の要求にもかかわらず検討さえしないーこのような市政運営、特区構想の取り組みが、住民福祉の増進をはかるべき自治体の役割に照らして、何よりも、自治体の産業政策として長引く不況からの市内経済の落ち込みを立て直すために、最優先で取り組むべき課題なのか、が問われています。今なすべき自治体の産業政策は、川崎市のものづくりを支えた市内中小企業を最優先で支え、育て、活性化させることです。川崎の中小企業予算は、この間、融資を除けば約10億円、一般会計の0.2%で推移してきました。あまりにもささやかな予算だといわざるを得ません。市内中小業者の営業・くらしを支える政策こそ、自治体が今一番力を入れなければならない分野です。市民の福祉・暮らしを支える自治体本来の役割に立ち返り、市内中小企業中心の産業政策に転換することを強く求めて議会論戦を強めていきたいと思います。

※参考資料

1、「神戸市民フォーラム誰のための医療?移植ツーリズムを問う」より 主催:神戸市医師会 2010.10.2

国の「新成長戦略」を受け、神戸医療産業都市構想内にKIFMC病院(神戸国際フロンティアメディカルセンター)をつくり、その中で、海外の富裕層を相手に年間50例を目標に生体肝移植をおこなうとされたことから、医師会として市民に知らせることを目的に開催。

論点 ①医療は経済活性化に結びつくのか ②医療ツーリズムの問題 ③生体肝移植ツーリズムの問題

●日本医師会の中川副会長の発言

医療は公的な医療機関でやるべきであり、日本は公的な医療が国民に提供されるべきという立場から。

(1)医療は経済活性化につながるかという論点

二つの側面がある。

①医療が日本の経済成長のお荷物か→医療費は小泉内閣で抑えられたことが地域医療を崩壊させた原因。

②医療は経済成長に役立たないか。
国内生産額:医療36兆円・介護6.4兆円(公務員の生産額と教育研究とほぼ同じ)、公共事業16.2兆円

従業員:医療342万人・介護123万人 公共事業135万人 医療関連産業への波及効果もある

雇用誘発効果(ある産業で一定の生産が発生したとき他の産業も含めてどの位雇用が誘発されるか)
※介護が突出して雇用創出率が高く1番 医療6番←医療・介護は雇用面でも雇用の改善にも役立つ

生産の誘発額:5兆円(医療・介護に国や地方の公費を1兆円投入した場合) 雇用創出45万人
粗付加価値係数(従業員の給与と家庭外で消費する、いわゆる外でモノを買ったりすること)も高い。
そうなると、景気が上向くことに十分役立つし、経済成長ももたらし、好循環になる、という点で非常に重要な分野であるということがいえる。しかし、これが日本経済を牽引する中心的なものになるかというと答えはノーだ。

※資料出典:日本医師会総合政策研究機構「2009年日医総研ワ―キングペーパー」

(2)医療ツーリズムについての論点

2009年新成長戦略で「医療・介護.健康関連サービスの需要に見合った産業育成」と位置付けられ45兆円、280万人の雇用創出。行政刷新会議の分科会で医療ツーリズムに積極的に取り組んでいくとされた。(医療は産業分類の1つ。医療が産業かという議論は終わっている。問題は営利産業になっていいかということ)

医療ツーリズムについては日本医師会で十分に議論を尽くしており、反対は日本医師会全体の見解である。(個人的に来日する外国人患者を診療するのは医師として当然の責務が、お金持ちの外国人に狙いを定めて日本の医療機関に誘致するということには反対ということ。また、外国人医師の日本国内での診療は医師免許のシステムが異なるので慎重にすべき。)

① 崩壊した地域医療を再編することが最優先。
救急車を呼んでから約50分もかかるという現状、医師・看護師不足の状況を放っておいて外国人を日本に呼び寄せて儲けようというのは到底理解できない。

② 混合診療の全面解禁につながり、国民皆保険制度が崩される。
お金持ちの外国人は自由診療なので高いお金が取れる。そうすると、どこでも外国人診療中心となり、安い日本人の健康保険を使ってやる治療は後回しにされる。その結果、日本人の中でも自由診療を拡大せよという主張になり、混合診療の全面解禁論が浮上してくるだろう。また、自由診療が増えると、診療報酬をあげろという声を出しにくくなり、金持ちの外国人を受け入れない日本の病院は経営ができなくなって、日本国民が健康保険で受ける医療を提供する病院がどんどんつぶれていく状態になるのは必定だと思う。

③ 株式会社が医療に参入する道を開き、医療を営利産業化することになるから。
株式会社が医療に参入するということは、今の仕組みでは、病院は診療・医療をして収入を得て利益が出ると、それは病院の建て替えや新しい検査機器を買うなどに使える。しかし、株式会社が病院経営にかかわると、その利益から先の再投資もするが、株主に配当しなくてはいけないので、多くの利益を極力上げようとすることになる。これが株式会社の参入に反対する最大の理由。

(3)生体肝移植をおこなう移植ツーリズムについての論点

すでにWTOでは2004年に移植は国内で完結すべきだとし、2008年の国際移植学会イスタンブール宣言でも移植ツーリズムが禁止されたことからも反対である。

●西田兵庫県医師会副会長の発言

生体肝移植は脳死臓器提供不足の緊急避難的措置であり、産官学のトライアングルで進める神戸医療産業都市構想の本幹に据えるのは果たして相応しいのか。生体肝移植一辺倒の拡大路線が将来神戸への医療産業都市構想の進捗に、そして日本の移植医療の発展に禍根を残すことになりはしないか。

「世界医師会が1981年にとりまとめた患者さんの権利に関するリスボン宣言」の①すべての人は差別なしに適切な医療を受ける権利を有する②患者さんが受ける治療は一般的に受け入れられた医学原則に沿って行われるべきーこれは世界遺産ともいわれる日本の宝「誰でもがどこででも公平に良質な医療を受けられる権利を保障した日本の医療制度の根幹をなしている。医療ツーリズムでアジアの富裕層を狙う生体肝移植がこの宣言にかなうものかどうか、誰がみても答えは明らかである。

2、NHKクローズアップ現代 2010年11月8日放送【外国人患者を獲得せよ光と影】

年間200万人の患者を受け入れるタイを筆頭にシンガポール57万人、インド45万人、昨年参入したばかりの韓国も10年後に100万人の患者を受け入れる目標を掲げています。10年後、医療ツーリズムで来日、日本で受診する外国人患者は40万人、市場規模は5500億円との試算もあり、経済産業省や観光庁が中心になって調査を始め、政府も新成長戦略の一つとして国際医療交流を進める方針を掲げています。

世界に通用する証となる国際認証(JCI)を取得している病院数は、シンガポール17、インド16、タイ12、韓国7、日本は1、千葉県鴨川市の「亀田総合病院」。国民皆保険の下、保険外診療の外国人患者の受け入れは富裕層優先になりかねず、日本の医療の崩壊を招くと日本医師会は強く反対しています。
【タイの実態】欧米から一流の専門医を数多く集め、多国籍レストラン・高級ブランドショップ・銀行などを誘致した高級ホテル並みの設備を持ち、莫大な医療収入を稼ぐ首都バンコクの民間病院(500床のベッドはすべて個室でホテルの5つ星。通訳100人で13ヶ国語対応、出入国管理出張カウンターあり)に対し、地域医療を担う地方の公立病院は深刻な医師不足で、700人の外来患者と60人の入院患者を6人の医師(4人は大学卒業後3年未満)が担当。民間病院と公立病院の医師の所得格差が5倍あり、地方勤務の義務付けがありながら全国で医師不足が広がり、金持ち優遇の医療となっている。国の予算がつかないため、公立病院は設備も老朽化しており、レントゲン機械で体の半分しか映らないなど。また、容姿重視の採用で、受付にタイ美人を揃え、制服は体のラインを意識したものにして客の目を引く病院も。


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